107 recettes / Paul Poiret
Bibliographic Details
- Title
- 107 recettes
- Author
- Paul Poiret / ポール・ポワレ
- Images
- Alix Marie / アリックス・マリー
- Publisher
- Editions Jonquières Paris / エディション・ジョンキエール・パリ
- Year
- 1928
- Size
- h225 x w170 x d25mm
- Weight
- 0.77kg
- Pages
- 211
- Language
- French / フランス語
- Binding
- Hardcover
- Materials
- Leather, Paper
- Condition
- Good
ポール・ポワレの直筆サイン入り、レイモン・オリヴェ旧蔵(蔵書印付き)Signed by Paul Poiret, with ex libris of Raymond Oliver, the former owner of the book.
近代ファッションの王様
ポール・ポワレによる
107の料理レシピ。
丁寧に装丁された美しい佇まい。本を読まない人でも手に入れたくなる、ルリユールの職人技と持ち主のエスプリを感じずにはいられない一冊。著者は歴史的な料理人!ではなく、近代ファッションの立役者、ポール・ポワレその人。達筆なフランス語のメッセージと直筆のサイン入り、ファンにはたまらない逸品です。
1903年に自身のメゾンを設立し、デザインのほかにマーケティングやブランディング、執筆活動にも自ら取り組み、近代のファッションという概念に大きく貢献したポワレは、美食家としても有名で、新商品や服の発表の度に、お気に入りのレストランやシェフに声をかけては、豪華な夜会を開きました。1919年、デザイナーの座を譲って退職、時間の余裕ができたのでしょうか、1928年にこの本を出版します。社会的な不況を受けて1929年には、完全にメゾンがたたまれ、ファッションはココ・シャネルなどシンプルで簡素なスタイルに移行していきました。
Paul Poiret, CNews : photographie de presse. Agence Rol, 1924
ここで「なーんだ、ファッションの話か」と思ったそこのあなた、侮るなかれ、表紙の見返しに貼られた、装丁に相応しい上品なレザーの蔵書票には「Raymond Oliver」の刻印がキラリ。そう、この本の旧蔵者は、料理界の大巨匠で、パリの三ツ星レストラン「Le Grand Véfour(ル・グラン・ヴェフェール)」の元オーナー・シェフ、レイモン・オリヴェ。彼の料理に魂を奪われ、お店の常連に名を連ねたのは、ウィンストン・チャーチル、アンドレ・マルロー、アルベール・カミュ、ジョルジュ・シムノン、ヘンリー・フォード、モナコのグレース王女、ジャン・コクトーなど、超が付くほどの著名人ばかりでした。実は彼、日本にも縁があります。1964年、東京オリンピックに際し、東京会館で3ヵ月、期間限定のフレンチ・レストランを開業。来日した世界各国の人々に本物のフレンチを味わってもらおうと、東京会館のシェフたちとともに多くの来賓をもてなしました。レイモン・オリヴェのもたらしたレシピは、その後も大きな影響を与えたといいます。もうひとつ付け加えておくと、彼の国で、レイモン・オリヴェは料理書の著名なコレクターとしても知られていたそうです(『フランス食卓史』レイモン・オリヴェ著 著者紹介より)。
Jean Cocteau on the set of the show "Art et magie de la cuisine" with Catherine Langeais and Raymond Oliver
書籍の内容は、ポール・ポワレがあらゆるシェフや知り合いから収集した、フランス料理以外も含む107のレシピと、その料理に関するイラストを収録した実用書です。実用書にしては、詳しい材料や分量は書かれておらず、すべてのレシピに味わい深い線画イラストが付いてはいるものの、このイラストは必ずしも料理の完成形を示しているわけではなく、うなぎの串焼きであれば、活きが良さそうなうなぎが描かれているといった塩梅のおおらかさ。普段から料理本に書かれている分量通り、律儀に調理をされる方にはかなり不安なレシピですね。しかし、いつも目分量で作る方にとっては、最低限の材料と作り方が書かれているので、割と気軽に取りかかれそうなレシピでもあります。下記に紹介されている一部を抜粋してみます:
<キャベツのジャム和え>
白くてカールした小さなキャベツの葉を取る。
美味しいカシスジャムを塗る。
ジャムを塗ったら召し上がれ。
<うなぎの串刺し>
大きなうなぎを選び、皮を剥ぐ。
背中に切り込みを入れラードを馴染ませた後、
油と塩、こしょう、ローリエ、玉ねぎ、パセリと和えて3時間漬ける。
串に刺しにして炙り焼きする。
味付けはガチョウの脂で。
レムラードソースを添えてお召し上がりください。
ここからは推測ですが、こんなに多様で自由でおおらかなレシピ本が生まれた背景には、ポール・ポワレの人間性と、時代背景が大きく関係している気がします。
本書が刊行された頃、フランスの料理界を牛耳っていたのは、伝統的な様式を重んじるガストロノミー愛好家のグループ、クラブ・デ・サン(Club des Cent)でした。さて、「ガストロノミー」という言葉はどこかで耳にしたことがあるのではないしょうか。日本では「美食」と訳されることの多い「ガストロノミー」とは、単においしい料理を食べるということだけでなく、優れた技術と上質な素材、シェフの創造力を駆使した料理と、贅沢な空間で美しい皿やカトラリー、極上ワイン、ソムリエなどプロによる優雅なサービスを楽しむこと、これ全部込みにしてはじめて言える言葉。即ち、ガストロノミーレストランで食事をするということは、最低3時間、平均4時間はテーブルにお行儀よく座っていなくてはなりません。自らも美食家であったポワレは、その思考が革命的過ぎて、クラブ・デ・サンの会長と意見が対立し、ポワレが対抗するかたちで、1928年にクラブ・デ・プリュサン(Club des Purs Cent)を設立、それと同時に本書を刊行します。クラブ名はライバルに「Purs」を足しただけ。というのも「Purs」はフランス語で、純粋、完璧、純然という意味で、ライバルたちに対するアンチテーゼになっていたんですね。なんてピュアな反骨心。ファッションでは、コルセットの息苦しさから女性たちを解放したポワレでしたが、料理の世界でも美食家、そしてシェフたちをガストロノミーの堅苦しさから解放しようとしたのです(自分が解放されたかった、と言うのが真意かもしれません)。
Banquet du Club des Cent, en 1914.
レシピの内容について特記すべきことがもうひとつ、それはフランス料理以外の多様なジャンル、そしてあらゆる食材を使用した料理を紹介していることです。例えば、「アメリカンスタイルの冷製卵」、「海老のソテー(中国風)」、「ハンガリー風グリエ」、「ポルトガル風ライス」など。当時のフランスでは手に入らない調味料や食材もお構いなし、ポワレが美味しい、或いは美味しそうと感じたレシピをまとめたのです。これは、まさにポワレがファッションで一世を風靡した手法でした。非西洋式の伝統を度外視した多様なスタイル(日本の着物や帯、中東のカフタンなど)を取り入れた新しいかたちこそ、本当の美しさ、本物の美食だと世に知らしめたかったのではないかと思います。
更に、1920年代は言わずと知れた「狂乱の時代」。美術の世界では、マルセル・デュシャンやマン・レイ、モディリアーニからピカソといった多様な表現が生まれ、ダンスの世界では、実験映画『バレエ・メカニック』が登場。そして、ファッションの世界を牽引したのが、ポワレ、そしてココ・シャネルでした。新しい芸術様式を生んだ彼らは、旧弊を拒否する、退廃的な思想の持ち主と思われがちですが、彼らの動機はもっと純粋で、伝統や常識に縛られない「人生を楽しむこと」への追求に尽きるのではないでしょうか。
ファッションも政治も文学も、フォーマットとロットに制御される味気ない今日、狂乱の時代を駆け抜けたポワレの遺した絶品レシピで乾杯したいものです。
Text by 乙部恵磨
<関連リンク>
フランス国立図書館のサイトで本書の本文全ページをご覧いただけます。
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