作品のための作品
芸術のための芸術
本のための本

ポルトガルのマデイラ島にあるこじんまりとした礼拝堂「Capela da Boa Viagem」で行われた個展。このインスタレーション作品のためにつくられたのがこの本だ。つまり、完成された一冊の本でありながら、インスタレーションの一部でもある。印刷には、薄いピンク色の紙に茶色と黒の2色のインクが使われている。この色彩には、ミゲルの生まれ育った故郷の色が反映されているそうだ。あたたかな日常の空気が流れているのだろうか。頁にあらわれる数々のイメージや幾何学模様、オブジェはラウラがこれまで蓄積してきたものたち。こうして一冊の中に二人の対話を見ることができる。

書名の『Capricho』は、スペイン語で「気まぐれ」を意味する。その語源をたどると、"cabra"はヤギ、 "pelo erizado"は剛毛だそうで、どうもヤギの毛質と気質から人間の気まぐれを比喩するようになったらしい。むつかしく言うと「日常生活と過去の芸術的遺産との矛盾を描いた本」で、要するに読者を「気まぐれの美学」へと導くために作ったのだとか。彼らの言う「気まぐれ」は、ちょっと味わい深い。

ローラは、技術的な失敗の美的可能性を探求するというミッションを自分に課した。ローラは間違いは恐れるべきではないと考え、最終的には、間違いなどというものは存在しないという断固とした態度を示してくれる。「誤る」という行為は人間が備えている「能力」のひとつであり、私たちを制約、偏見、独断的なパラダイムから解放してくれるかけがえのない能力だと。この話しを聞いて、リヴォトルトピーシーズの二人が2023年のOpen Dayで「未完」と呼ばれる名作についての見解を話してくれたのを思い出した。完璧主義のミケランジェロは、「完成していない」なんて思っただろうか、と。

この本の中に登場する絵の一つに、編集者、書店員、翻訳者、人文主義者の守護聖人である「Antonello da Messina /アントネッロ・ダ・メッシーナ」の「San Girolamo nello studio / 書斎の聖ヒエロニムス」がある。

この絵は、マニエリスムの代表的な作品とも言えるだろう。マンネリズムの語源は、「マニエリスム」だそうだ。マニエリスムとは、ルネサンス後期に発生した美術の手法で、遠近法、短縮法、明暗法などが抽象化され「あるがままの写実的な絵」というより「人工的な自然以上に美しい絵」を追い求めるものであった。ヴァザーリは「自然を凌駕する行動の芸術的手法」と言ったそうだ。インスタレーションは、この絵と同様に、本、棚、厳密に配置されたオブジェ、そして外の世界の景色を提供する空間を中心に構成された。あるがままの気まぐれな芸術を讃えるためには、不可欠なイメージだったのである。

会場となった礼拝堂は、ルネサンス後期の削ぎ落とされた建築様式が特徴で、室内には礎石、窓、主祭壇の縁取りなど、グレーの石造りの輪郭だけが浮かび上がり、ほかには装飾がない。個展のテーマは、「本」そのものでありながら、礼拝堂（宗教美術と建築）の記憶も汲みつつ、環境そしてそこに訪れる人間をも作品の要素として取り入れる、これがミゲルとローラの芸術の実践だ。

制作プロセスについての映像はこちら（ポルトガル語です）。